はじめに
リーマンテンソルは微分の順序についての考察により発生してくる概念である.ここで言う微分はただの微分ではない.共変微分を指していることに注意して欲しい.
微分の可換性
微分の順序を見ていくために,可換可能性に着目する.これは,一般の(偏)微分で考えると
\begin{equation}\tag{1}\frac {\partial V_i}{\partial x^{j}\partial x^{k}}=\frac {\partial V_i}{\partial x^{k}\partial x^{j}}\end{equation}
を満たすことに対応している.
しかしながら,共変微分の下では\((1)\)は可換可能性の条件として十分でない.なぜなら共変微分にはクリストッフェル記号が含まれるからである.
\((V_{i})\)を\(1\)階の共変ベクトルとしたとき,\((V_{i})\)の\(x^k\)に関する共変微分は \begin{equation}\tag{2} (V_{i,k})\equiv \left( \dfrac {\partial V_i}{\partial x^{k}}-\Gamma^{t}_{ik}V_{t}\right) \end{equation} と定義される.\(\Gamma\)はクリストッフェル記号である. ここで,\((V_{i,k})\)自体は\(\boldsymbol{2}\)階テンソルであることに注意.
上の定義から,複数回の共変微分を実行してみると「\(\Gamma\)の微分」となる項が増えていくので,偏微分に関する議論はそのまま拡張することはできないことがわかる.
共変微分の可換可能性
共変微分の順序を交換した結果が\((1)\)であると一般に言えないのであれば,一体どういう量がでてくるのか?これを計算してみる.そのため,\(V_{i,jk}\)と\(V_{i,kj}\)の中身の構造を求めてこれらの差をとることをこれから行う.
まず,共変微分の定義より,求めたい量の一つ\((V_{i,jk})\)は, \begin{equation} (V_{i,jk}) = \frac{\partial }{\partial x^k}(V_{i,j}) – \Gamma^{r}_{ik}(V_{r,j})- \Gamma^{r}_{jk}(V_{i,r}) \end{equation} と書ける.
上式の右辺はまだ共変微分で表されているから,この量に対して\(1\)階共変テンソル(ベクトル)に関する共変微分の定義式(2)を代入する.
これで\((V_{i,jk})\)が得られた.
次に\((V_{i,kj})\)を求める必要があるが,わざわざ計算しなくても良い.式\((3)\)の共変微分に関する添字を入れ替えるだけで十分である.それは以下のようになる.
さて,準備が整ったので「\((3) – (4)\)」を計算してみよう.この計算を進めていくには,それぞれの量に出てくる項で相殺するために,クリストッフェル記号の対称性
\begin{equation}\Gamma^{i}_{rs} = \Gamma^{i}_{sr}\end{equation}
を用いる必要がある.計算結果は次の通りである.
この式は,\((V_s)\)でくくることができるので,
と整理できる.この式の両辺に存在する量を見比べると,
\(\boldsymbol{3}\)階の共変テンソル = (\(\boldsymbol{1}\)階反変\(\boldsymbol{3}\)階共変の混合テンソル)・\(\boldsymbol{1}\)階の共変テンソル
であるから,式\((4)\)中の括弧内の量は\(\boldsymbol{4}\)階の混合テンソルとなると推定できる(この推定テクニックは「商の定理」が成り立つから言える).括弧の部分のテンソルは数学者ベルンハルト=リーマンに因んで「リーマン曲率テンソル」と呼ばれている.
第二種リーマンテンソル (Riemann tensor of the second kind) \begin{equation} R^{s}_{ijk}\equiv\frac{\partial}{\partial x^j}(\Gamma^{s}_{ik}) – \frac{\partial }{\partial x^k}(\Gamma^{s}_{ij}) + \Gamma^{r}_{ik}\Gamma^{s}_{rj} – \Gamma^{r}_{ij}\Gamma^{s}_{rk}\end{equation}
第一種リーマンテンソル (Riemann tensor of the first kind) \begin{equation} R_{rijk} \equiv g_{rs}R^{s}_{ijk}\end{equation}見ての通り,第一種リーマンテンソルは,第二種リーマンテンソルの反変添字を共変添字に下ろしたものである.
以上より,共変微分の可換性は一般には成り立たないことが示せた.
リーマン曲率テンソルの直感的な意味
リーマン曲率テンソルはなぜでてきたのだろうか?なにを含意しているのか?
それに答えるためには式\((4)\)が大いにヒントになる.例えば,リーマン曲率テンソルをゼロと置いてみよう.すると,
\begin{align} V_{i,jk} – V_{i,kj} &= \left(0\right)\cdot V_s = 0\\[1ex] \Rightarrow \quad V_{i,jk} = V_{i,kj} &\quad (\text{where}\;R^{s}_{ijk} = 0 ) \end{align} となり,式\((1)\)の可換性に帰着する. リーマン曲率テンソルがゼロであることの理由としては,一つの論理として以下のように推測できる.- リーマン曲率テンソル\(R^{s}_{ijk}\)はクリストッフェル記号\(\Gamma\)から成る
- クリストッフェル記号\(\Gamma\)は計量テンソル\(g_{ij}\)の微分から成る
- ゆえに計量テンソル\(g_{ij}\)の微分がゼロであれば,リーマン曲率テンソル\(R^{s}_{ijk}\)もゼロになる
計量テンソル\(g_{ij}\)は非ユークリッド幾何学の構造に深く関わっており,特にユークリッド計量の場合はこの微分はゼロとなる.
したがって,計量が時空に関係している場合,リーマン曲率テンソルは
時空がどのくらい曲がっているか?
に関係してくるのである.